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韓国人アーティストRainが大好き
生きている'雨'と死んだ'チャン・ジャヨン'は似た

総体的演芸不正に犠牲になった俳優チャン・ジャヨンの死の上でもう'雨'までおりている。
花無十日紅(花無十日紅,10日の間赤い花はない)としたのか?実体もない'韓流'に狂奔してぜい弱な土台の上でおろかに積んであげた芸能産業が一度に崩れることだけ同じだ。
主流ではないが演芸'底'で仕事をするひとりとして,また大衆文化を教える先生の立場で,名前もなじみがうすかったある新人俳優の死とトップスター'雨'に近づいた涼しい危機がいったいどこから始まったことか考えてみざるをえない。
すでに二度にかけて,俳優チャン・ジャヨンの死が企画会社と新人俳優,そして製作主導者の間に存在している慢性的な問題から始まったことを話した。
また今回の雨の訴訟と2007年あった彼の米国ツアー公演やはりこのような演芸'底'の慢性的問題から始まったとのことが私の考えだ。
去る2007年,歌手'雨'は韓国だけでなくアジアの最も競争力があるコンテンツとしてそのように(疎遠になる)願った世界市場攻略に出た。
しかしアジア圏での成功的だった公演とは違ってラスベガス公演を除いた米国本土とハワイそしてカナダでは公演の膜も上げられないまま失敗してしまった。
歌手'雨'の世界市場攻略失敗,なぜ?
その時私は新聞と放送で"ピの失敗は公演産業の慢性的な弊害のためだ,歌手と彼の所属会社が公演を直接主管しないで公演の版権を代行社に販売して代行社はまたその公演を地域の公演企画会社に再販売しながら,公演に対する責任が混乱して公演の製作費は上昇するほかはなかった点が失敗の原因"と指摘したことがある。
当時製作会社のスタエムは記者会見を通じて"ピの公演は取り消しでなく延期になったこと"としながら"いくつかの問題だけ解決されればまた米国ツアーに出るだろう"と明らかにした。
しかし悲しいかなその話は守られなかった。
守られなかっただけに,弱り目にたたり目で去る19日ハワイ公演取り消しと関連して進行された訴訟では雨と彼の以前所属会社JYPエンターテイメントが敗訴した。
今回のことで雨はイメージに損傷を受けながら,回復しにくい傷を受けることになったし,そこに耐えられることさえ大変な訴訟費用と懲罰的賠償金を出すべきである境遇に置かれた。
裁判で雨は'公演契約そして取り消しと関連した内容は本人の責任でもなくて分からなかった'という趣旨の主張をしたと伝えられる。
裁判所はこれを受け入れなかったけれど私はその話が事実だと考える。
芸能人がマネジャーを雇用して,すべての契約の有無を決める米国の演芸システムとは違って我が国の演芸'底'は企画会社に芸能人が所属して企画会社の判断により全てのものが決定されるためだ。
もちろん我が国でもある程度スターの隊列に上ってお金ができれば芸能人が直接会社を整えて,自ら企画会社社長になる場合もあるが(実際悲悼2007年以後にそのように会社を整えたが),大部分の芸能人らは自らに対する投資費用負担と企画会社と製作会社が全てのものを決める演芸システムに接近しにくい理由(原因)で,企画会社に所属して,活動することが普遍的だ。
下請け→下請け→下請けにつながった雨公演版権

恐らく米国の裁判所はこの部分を絶対理解できなかっただろう。
いったい歌手が自身の公演に徹底して排除されて公演契約と取り消しに対して全く分からなかったという話を,どのように信じることができようか(もちろん,雨が公演に対して本当に何も知らない訳はない。
彼が話す'分からなかった'の意味は自身が公演の契約と取り消しにどんな権利も行使できなかったという意味であろう).
どうなろうと陪審員制度を採択する米国裁判所としては米国まできて,公演を企画したアジア最高の歌手'雨'がどのように自身のことで排除されることができたのか理解度納得も出来なかっただろう。
真実をだましているという考えまでもできただろう。
そしてそれが結局敗訴につながった重要な理由になったという予想はそんなに難しくない。
だが当時JYP所属だった'雨'が公演の契約と取り消しに権限がなかったという点は明らかな事実だ。
たとえ彼がアジア最高のスターだったが韓国での契約慣行上JYPが公演版権をスタエムに売ってスタエムがまたレボリューションに売ってレボリューションがまたクリックエンターテイメントに売る一切の過程には介入できなかっただろう。
それは徹底的に企画会社経営陣らの役割であるためだ。
あたかも故チャン・ジャヨンが自身の意志と関係なしでドラマでも映画でもあるいは接待席でも呼ばれていかなければならなかったことと違わない。
もちろんピの場合故チャン・ジャヨンとは比較できない確かに'浮かび上がった'スターだったが以前の契約に縛られていた状況で彼がすることができたことは恐らくなかっただろう。
企画会社が公演の完成度や俳優の未来を悩むのではなく,最小限の責任で最大限の利益だけを創り出そうとする時,俳優と歌手ができるのは何もない。
もちろん企画会社が自社のコンテンツで最大限の収益を出すということを止める根拠はない。
だがその最大限の収益のために歌手の公演を亡ぼして俳優を死ぬことで追い立てることまで分からないようにするならばそれは犯罪だ。
そのような点で雨とチャン・ジャヨンは明らかな被害者だ。
雨の公演進行した企画会社らの反省はなかった

下請けと再下請けの複雑な構造で企画された雨の公演やはり着実なマネジメントと演芸活動よりM&Aと迂回上場で金を儲けてみるという故チャン・ジャヨン死の背景と似ている。
すでに明らかになったが当時スタエムはピの公演版権をJYPから購入しながら,株価が上昇したしその利益はそっくりスタエムの持分になった。
その後スタエムは直ちに公演製作経験が浅いレボリューションに版権をまた売ったし,レボリューションはその版権をまた再びクリックエンターテイメントなどに販売した。
もちろんそのようにしても公演はうまくいくだろうという無知な確信があったが,別に見れば公演ぐらいは壊れてもお金は儲けることができるだろうと判断したかも知れない。
お金ならない芸能産業よりは芸能産業を口実でM&Aを成功させて金を儲けてみるという点でチャン・チャヨン事件と雨敗訴事件は大きく異ならない。
歌手ピが訴訟敗訴で途方もない心的,物的被害を受けるこの時点にJYPとスタエム,最初から消えてしまったレボリューション,そのどんな所でも責任を表明したり反省しないでいる。
そのような点で雨敗訴はチャン・ジャヨンの死に対して演芸'底'が見せた反応と似ている。
俳優と歌手の境遇に対して一抹の呵責も感じないでひたすら自社の責任がないという主張だけを繰り返す演芸企画会社らの態度は明らかに道徳的に問題がある。
イメージがまもなく生命のこれら芸能人らに,事件の真実有無と関係なしですでに彼らの名誉に深刻な被害をもたらせたという点を忘れてはいけない。
それが生きた者の名誉でも死亡者の名誉でも話だ。

-オーマイニュース-
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